レミゼラブル

はじめて私がこの作品を知ったのは小6の時です。当時通っていた発声教室が年に1回舞台で発表があるということで、私のところはレミゼラブルをやることになりました。
劇をやるということで、本が好きだった私はすぐに原作本を買いに行ったのを覚えています。青い鳥文庫だったか...とりあえず児童書だったと思います。
タイトルはレミゼラブルではなく『あぁ無情』。
今ではミュージカルや映画の影響かこのタイトルで呼ばれることは少なさそうですね。

小6だった私はその本を面白くて1日で読んでしまい、夜に読んだせいかわんわん泣きながら読み終わったんですよ。
しかし、一点だけ分からなかったのジャベール警部がなぜ自殺したのか。その頃は感動の方が強かったのでそこまで気にはなりませんでしたが心に引っ掛かってはいました。

次にこの作品に触れたのはヒュージャックマンがジャン・バルジャンを演じたミュージカル映画でした。大きな劇場で、友達と観たレミゼラブルは圧巻で上映中ずっと鳥肌がたちっぱなしだったのを覚えています。
しかしこのとき大学生だったのではっきりと、なぜジャベール警部は自殺したんだと強く腑に落ちなかったんです。

そのことをバイト先の先輩に話すと「昔は分からなかったが今ではなぜ自殺したのか分かる」と言われ余計に分からなくなりました。




そして、それから大分月日がたち私も社会人になりました。甘やからされて育った私は社会の荒波に揉まれていろいろ感じることが多かったようです。
最近になってレミゼラブルをDVDで見返したときに、ジャベール警部がなぜ自殺をしたのかがなんとなく分かるなと思えたのです。
はっきりと「ジャベール分かるよ!」と共感は出来ませんが、以前に比べて彼のとった行動がスッと自分の中で落ち着く場所をみつけたようでした。

ようは東大を目指して中学校からずっと机に向かい、頑張りすぎて入学したら目的を見失い自殺したくなる、みたいなものかと。
そういってしまうと例えが荒すぎるかもしれません。ですが、自分の信念を軸に生きてきた人が、急に現実と自分の中の信念との間に差を見いだし、生きるのも辛くなって死んでしまうのはぼんやり理解できます。

もちろん死ぬことはないだろう、と思わなくもないですがあの時代の閉塞感と緊張感を考えればない話ではないですね。
なんせそれを受け止める私は平和というぬるま湯の中からしか彼をみてませんから。





私は映画が好きで数を観る方ではありませんが、1度観た映画を何度も観ます。気に入ったものは月1くらいでも観ます。
それは感動や感情は観るタイミングで大きく変わっていくからです。絶妙なタイミングで観たがゆえに心動かされる作品はたくさんあります。
感動したい。だから何度も観るんです。

やはり若い時にしか見えないものや感じ得ないものもあるのでどちらがよいとは思いません。ですが、あらゆる経験の中から感情を溢れ出させるのは年齢を重ねていったからこそ、得られるものなのかもしれません。